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黒い点を見つけた僕が歯医者に行くまで
それは、いつものように朝の歯磨きをしていた時のことでした。何気なく鏡で口の中をチェックしていると、下の奥歯の噛み合わせの溝に、一本の黒い線があることに気づいたのです。爪楊枝の先で触ってみても、特に穴が開いている感じはしない。痛みも全くありませんでした。しかし、その黒い線は、紛れもなく僕の心に大きな不安の種を植え付けました。すぐにスマートフォンで「歯、黒い線、虫歯」と検索しました。すると、様々な情報が目に飛び込んできます。「初期虫歯は治る可能性がある」「フッ素で再石灰化を」といった希望の持てる言葉もあれば、「見た目より中で広がっていることも」という恐ろしい記述もありました。僕は「治る」という言葉にすがりたい一心で、その日からセルフケアを徹底することにしました。フッ素濃度の高い歯磨き粉を買いに走り、今までよりもずっと時間をかけて、一本一本丁寧に磨くようになりました。甘い飲み物も極力控えるようにしました。しかし、どんなに頑張っても、鏡の中の黒い線が消えることはありません。むしろ、日に日にその存在が気になり、食事のたびに「この黒い線の下で、今も虫歯が進行しているんじゃないか」という恐怖に駆られるようになりました。セルフケアを続けて二週間、精神的な不安はピークに達していました。意を決して、僕は近所の歯科医院に電話をかけたのです。診察台の上で口を開ける瞬間は、判決を待つ被告人のような心境でした。しかし、レントゲンを撮り、口の中を丁寧に診てくれた先生は、こう言いました。「ああ、これは初期の虫歯ですね。進行は止まっているようなので、削る必要はありませんよ。このまましっかりケアを続けて、また定期検診で見せてください」。その言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜け、心から安堵しました。自己判断で悩み続けることの無意味さと、専門家の診断を受けることの大切さを、身をもって知った出来事でした。