これは、私の友人Aさんの話です。彼は数年前、奥歯の溝に黒い点があることに気づきました。しかし、痛みは全くなく、食事にも何の支障もなかったため、「そのうち歯医者に行こう」と思いつつも、日々の忙しさにかまけて放置してしまったそうです。彼は、痛みがなければ大したことはないだろうと高をくくっていました。それから二年ほど経ったある日、硬いナッツを噛んだ瞬間、その歯に「ピキッ」という鋭い痛みが走りました。それからというもの、冷たいものがしみるようになり、何もしなくても時々鈍い痛みを感じるようになったのです。さすがに放置できないと観念し、彼は重い腰を上げて数年ぶりに歯科医院へ向かいました。診察の結果、歯科医師から告げられたのは、彼が予想していたよりもずっと深刻な事実でした。歯の表面に見えていた黒い点は、氷山の一角に過ぎなかったのです。その下では、気づかないうちに虫歯が静かに、しかし確実に進行していました。歯の内部は大きく空洞になっており、神経の近くにまで虫歯が達していたのです。治療は、もはや簡単な詰め物では済みませんでした。神経を抜くための根管治療が必要となり、最終的には高額な被せ物を入れることになりました。治療には何回も通わなければならず、時間も費用も、そして何より痛みも、最初の段階で治療していれば比べ物にならないほど大きなものになってしまったのです。Aさんは深く後悔していました。「あの時、痛くなくても歯医者に行っていれば、こんなことにはならなかったのに」。彼の経験は、私たちに重要な教訓を教えてくれます。黒いけど痛くない歯は、決して安全信号ではありません。それは、内部で進行する病の、静かな始まりかもしれないのです。手遅れになる前に、プロの目で確認してもらうこと。そのわずかな手間を惜しんだ代償は、あまりにも大きいのです。