「虫歯は削らないと治らない」。これは、長い間、多くの人が抱いてきた常識かもしれません。しかし、近年の歯科医療の進歩により、すべての虫歯がその運命をたどるわけではないことが分かってきました。特に、ごくごく初期の段階の虫歯であれば、削らずに「治る」可能性があるのです。この希望の鍵を握るのが、私たちの体に備わった素晴らしい自己修復メカニズム、「再石灰化」です。私たちの口の中では、食事のたびに「脱灰」と「再石灰化」という、綱引きのような現象が起きています。食事で糖分を摂ると、虫歯菌がそれを分解して酸を作り出し、歯の表面のエナメル質からミネラルが溶け出します。これが脱灰です。一方、私たちの唾液には、カルシウムやリンといったミネラルが豊富に含まれており、酸性に傾いた口の中を中和し、溶け出したミネラルを歯の表面に再び沈着させます。これが再石灰化です。このバランスが「脱灰」に傾き続けると、歯に穴が開いて本格的な虫歯になります。しかし、脱灰がまだエナメル質の表層にとどまっている初期の段階であれば、このバランスを「再石灰化」優位に傾けることで、歯の健康を取り戻すことが可能なのです。歯科医院で「小さい虫歯なので、様子を見ましょう」と言われるのは、まさにこの再石灰化の力を信じ、その可能性に賭けている状態です。この再石灰化を力強く後押しするのが、フッ素の存在です。フッ素は、再石灰化を促進するだけでなく、歯質そのものを酸に強い構造に変える働きもあります。そのため、歯科医師はすぐに削るのではなく、フッ素塗布を行ったり、フッ素濃度の高い歯磨き粉の使用を勧めたりするのです。もちろん、自己判断は禁物です。その虫歯が本当に再石灰化で治る段階なのかどうかは、専門家でなければ見極められません。しかし、削る必要のない虫歯があるという事実を知ることは、いたずらに歯を削ることを避け、自分の歯を大切にする意識を高める上で、大きな希望となるはずです。
削らなくても治る虫歯があるという希望