30歳を目前にした、ある年の冬。私の右側に、原因不明の、不気味な痛みが、忍び寄ってきました。始まりは、ほんの些細な、喉の違和感でした。「風邪のひき始めかな」。そう思った私は、市販の風邪薬を飲み、うがい薬で、ガラガラと喉を潤し、いつもより早くベッドに入りました。しかし、翌朝、事態は、好転するどころか、明らかに悪化していました。右側の喉は、唾を飲み込むたびに、ズキンと痛み、そして、その痛みは、なぜか、右下の奥歯にまで、広がっていたのです。熱はありません。しかし、体はだるく、何より、口が、いつもより、少ししか開かないことに、私は、言いようのない不安を覚えました。それでも、まだ、私は「たちが悪い風邪」なのだろう、と思い込み、その日は、仕事を休み、一日中、安静にしていました。しかし、痛みは、時間を追うごとに、その支配領域を広げ、ついには、右の耳の下、首のリンパまで、ズキズキと痛み始めました。もう、食事を摂るのも、億劫です。口が開かないため、スプーンを口に入れるのも一苦労。これは、もう、普通の風邪ではない。三日目の朝、私は、観念して、近所の内科クリニックに、駆け込みました。しかし、医師は、喉を覗き込み、首を傾げるばかり。「扁桃は、それほど腫れていませんね。もう少し、様子を見ましょうか」。処方された、抗生物質と鎮痛剤を飲んでも、痛みは、一向に引きませんでした。その日の夜、歯を磨こうと、無理やり口を開けた時、鏡の中に、衝撃的な光景を見つけました。一番奥の歯茎が、ゴルフボールのように、赤黒く、パンパンに腫れ上がっていたのです。全ての点が、一本の線で繋がりました。「原因は、喉じゃない。歯だ!」。翌朝、私は、すがるような思いで、歯科医院の扉を叩きました。レントゲンを撮り、口の中を診た先生は、すぐに、原因を突き止めました。真横を向いて、歯茎の中に埋まっていた、私の右下の親知らずが、限界を超えて、大噴火(智歯周囲炎)を起こしていたのです。喉の痛みも、口の開きにくさも、全ては、この、たった一本の歯が、引き起こしていた、壮大な「関連痛」でした。その日から、抗生物質による治療が始まり、数日後、あれほど私を苦しめた痛みは、嘘のように、引いていきました。